いわゆる「ござる口調」、候文(そうろうぶん)です。
江戸時代には、役所(藩)での公文書や、武士同士のやり取りでの標準語として使われていました。
武士の身分を示すものであるため、一般市民は「ござる口調」で喋ることはありません。
これが、武家制度を廃止した明治政府の「標準語」との大きな差です。
標準語が庶民に親しまれた、手塚先生の時代、
「お嬢様口調のお嬢様」が多かった理由は、特定の地域に裕福な家庭が多かったためです。
その場所はずばり、東京都の山の手エリア。現在でも、首都の中の首都、一大商業エリアですね。
裕福な家が多い山の手の言葉=お嬢様の言葉、というわけです。
なお、「奥様口調」も山の手言葉がルーツです。
「博士口調」は、広島県の方言がもとだと言われています。
明治維新後、薩摩や長州に親和的な人々が要職に就くことが多くありました。
その結果、「頭の良い偉い人=広島あたりの方言を喋る」というイメージができあがり、今日の「博士口調」ができあがったのです。